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妖精 [ショートショート]

「ねえねえ、ツカモト君、後で話があるんだけどいいかな」
 コンビニのバイトで最近入って来たソリマチさんが、話しかけてきた。
「いいっすよ~」
 とオレは答えたが、なんだか嫌な予感がした。
 ソリマチさんは確か「もうすぐ40歳になるの」と言っていたけれど、それよりは少し若く見える。髪の毛を後ろで一本に縛り、化粧気はない。銀縁メガネがちょっとインテリっぽい、けどまあ普通のおばさん、って感じかな。たぶん独身。そこそこよくやってくれるし、失敗も少ない。接客もわりといい感じだ。
 なんか、オレに文句でもあるのかなとその時は思った。
 客足が少なくなったところで、ソリマチさんがそっと寄ってきて、小さい声で言った。
「話ってさぁ、大きな声じゃ言えないんだけど…。あたしさ、どうも、妖精を捕まえちゃったらしいのよ」
 オレは内心ぎょっとしたが、なんだかあまり驚いてはいけないような気がして、
「あ、そうすか」
 とだけ答えた。
「どうするべきだと思う?」
 ううううむ。どうするべきか、全く思いつかなかった。
「ね、やっぱり逃がしてあげた方がいいよね」
「う、そうすね」
 そこに客がやってきて、いったん話は途切れた。そして帰り頃までは仕事のこと以外は会話することがなく、でも、なんだか気になってシフト終わりの帰りがけに、今度はオレの方から質問してみた。
「あの、その、さっきの話の妖精っすけど。何食べるんすか?」
「それがわからないから、心配なの。帰って、死んじゃっていたらどうしよう」
 ソリマチさんは涙目になった。
「あのう…、いつ捕まえたんすか?」
「今朝」
 なんだかソリマチさんの黒い瞳がうるうるとこぼれてくるように大きく見えて、ちょっときれいに見えて、また言葉に詰まってしまった。
「ね、ツカモト君。こんなこと君に頼むの悪いんだけど…。あたし、一人でアパートに帰るの怖いの。一緒に見に行ってくれないかしら。ラーメンおごるからさ。ね、お願い」
 ラーメンか…。悪くないかなと思いつつ、ソリマチさんと一緒に駅への道を歩き出した。
「その妖精っすけど、今、どういう状態なんすか?」
「ハチミツの空き瓶にね、入れてある。サランラップかけて、輪ゴムで止めて、空気ないといけないかと思って、キリで穴あけておいた」
「えっと。妖精ってなんか、あの、例の妖精っすか?」
「例のって?」
「えっと、例の、あれ…、ティンカーベルとかそういうのっすか?」
「あ、そういうことかぁ。あんなにかわいくはない。光らないし」
「へえ…」
ここまでの話で、まず、それは妖精じゃないな、とオレは踏んだ。
 二人でJRに乗った。
「で、その、例の…、どうやって捕まえたんすか?」
 なんだかJRの中で「妖精」って言うのはまずいような気がして、そこはボカすことにした。
「ベランダにね、カランコエの鉢植えが置いてあるんだけどね、そこでホバリングしてたのよ」
「へえ?」
 一瞬、ハチドリかよ? って思ったけど、日本にハチドリは確かいない。
「ちょっとこわかったんだけどね、うちさ、洗濯機もベランダにあるんだよね、そこに洗濯物入れるネットがあるのね、けっこう大きいのが」
「はあ」
「それをふわってかけてみたら、その下に入ったのよ」
「へえ」
「で、部屋に戻ってビンを探して来て、つぶさないようにビンの方に追いやっていったの」
 ソリマチさんが降りる駅に着いた。
 そこからソリマチさんのアパートまで一緒に歩きながら、また質問してみた。
「あの、なんで捕まえたんすか?」
「だから、洗濯ネットだってば」
「あ、そうじゃなくて、捕まえた理由っす」
「理由?」
 ソリマチさんは少し考えてから
「だって、だれだって幸せになりたいでしょ?」
 とお茶目に微笑んだ。
 オレは、なんだか、ここで感動してしまった。
 ソリマチさんの部屋で、それは待っていた。ソリマチさんの言う妖精が。それはやっぱり妖精ではなくて、ただのスズメガの仲間だった。いったいどこをどう見れば妖精と思えるのか、どうかしている。もしかしてメガネの度数が合っていないのかもしれない。
「ああ、良かった、生きてるみたいだね」
 ソリマチさんは、ビンを覗きながら
「ね、ツカモト君、こんなこと君に頼んで悪いんだけどさ、これを窓から逃がしてくれるかしら」
「え、ああ、いいっすよ」
 とビンを持ち、ちょっと考えた。
「だけど、いいんすか? もう幸せになったんすか?」
「それはまだだけど…。だけど、何食べるかわからない以上、もうここには置いておけないわよ。それにどうやったら幸せになれるのかもわからないしさ」
「とりあえず、願いをかけたらどうっすか?」
 とオレは提案した。
「どうやって?」
「どうやってって…。流れ星が流れる間とか、神社とかでやるみたいな、ま、お祈りみたいなことっすかね?」
「いいね。そうだよね。ダメモトでやっておく価値はあるよね」
 ソリマチさんはスズメガに手を合わせて、目をつぶり、しばらくそれを拝んだ。
 ちょっと胸がキュンとして、ソリマチさんが目を開ける瞬間、胸がドキンとした。
「あ、願かけました? いいすか?」
 オレがそう言うとソリマチさんは恥ずかしそうに
「ついでにツカモト君も何かお願いしておいた方がいいよ。せっかくだから」
と言い、
「あたし、もうビン持つの怖いから、そこにおいてそれで拝んで」
と言い、オレは何も願かけるものなんかなかったので、とりあえず心の中で「ラーメン、ラーメン」とつぶやいた。
 ソリマチさんちのベランダからスズメガを逃がした。なんか弱っているのか、すぐに飛んで行かなかったけれど、そのままにしておくことにした。
「じゃ、ラーメン食べに行こ」
 と、ソリマチさんがオレの腕を取った。
「やべー、妖精にかけた願いがかなっちゃったよ、なんちゃって」なんて心の中でオレは思って一人にんまりした。それに、オレ、独身女性のアパートになんか入るの初めてだったし、腕なんか組んじゃって、なんかちょっと幸福にもなっちゃたかななんて思ったけど、それは口に出しては言わなかった。


おしまい
このお話はフィクションです。
小説家になろうというサイトに投稿してみました。(2015/4/26)




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