5.また夏のはじめ ② [豚田豚饅頭店]
「ブッキって、ほんとうに次から次へといろいろなことを考えるのね」
ボウボウの店から、作業を終えてきたニクエとユコもいつのまにかみんなの中に加わっていて、いっしょにまんじゅうを取ってほおばった。
「きゃ! あたしも当たりよ!」
ユコが声を上げた。
「あたしも!」
とメイコ。
おいしいまんじゅうで、みんなニコニコ笑っている。
「まったくのんきなものさ。ただまんじゅう食べて、笑って、喜んで。それだけでいいんだからな! オレも、他の動物に生まれれば良かったよ!」
と文句を言いながらも、ブッキはふっふと笑っていた。
みんながおいしそうにまんじゅうを食べているのを見ると、なぜか笑いがこみあげてくる。それは、おかしい笑いとは違って、胸がほんわかと暖かくなるような、不思議な笑いだった。
「さあ、では腹ごしらえもできたところで、みなさんでひゃっほうダンスを踊りましょう!」
ケンモチ博士がみんなに呼びかけた。
ブッキは目を白黒させた「な、なんだ、そのひゃっほうダンスってのは?」
ニクエとユコもびっくりして、ブッキに聞いた。
「ブッキ、なんなのそのなんとかダンスって…」
ブッキは答えられずに、下を向いた。
ケンモチ博士の用意したカセットコーダからなんとものんびりとした音楽が流れて、動物たちが丸く輪を作って輪の中心を向いている。
「おお。ほかから来たかたにはわかりませんな。じゃあネコヤナギ君が指導します」
コタロウは偉そうに真ん中に出ると、拡声器を使って
「はい、右足を左足の前に出して、二つ飛びます! その時こうやって右手を上げて! 外側に向かって二回ふります。はい! そしてもどって! ひゃっほう! ひゃっっほう! 次に左足の前に右足を出して二つ飛んで! 左手を上げて! 外側に二回振って!ひゃっほう! ひゃっほう! 元気よく!」
みんな、手の振りに合わせて「ひゃっほう!」というのを二回叫ぶ。それをみんなは楽しそうに簡単にやっている。どうやらそのダンスを知らないのはブタたちだけだった。
でも、ニクエとユコはみんなの中に入って、うれしそうにみんなのまねをしながら踊り始めた。
今、輪からはずれているのはブッキだけになった。
「ブッキ! ほら、恥ずかしがっていないで! ここに入りなさいよ!」
ユコがよぶ。
「こっちでもいいよ!」
メイコも呼ぶ。
だがブッキの身体は堅く固まってしまって動かない。ブッキは下を向いて
「へん! オレは片づけてくる!」
と言って、いろいろな道具をしまい始めた。
そんなブッキをユコとニクエが引っ張って輪の中に入れてしまった。ブッキは…。すごく恥ずかしかった。そんなふうにみんなと踊ったってちっとも楽しいことはない。でも、恥ずかしいのだけど、音楽に合わせるとだんだん気にならなくなってくる。
「ちぇっ! まったくのんきな動物たちさ。こんなくだらないダンスして笑ってるんだからな」
もちろん、ブッキは楽しんでなどいない。
ただ、自然に身体が動くようになってきただけだ。みんなそれぞれのやり方で、ダンスを楽しんでいる。だれもブッキの不格好なダンスのことなんか気にしていない。
「ひゃっほう!」という声がいつまでも耳の中に残って、ステップを踏んでしまう。
音楽はのんびりといつまでも流れ、流れていれば流れているだけ、動物たちは踊るのだった。
さて、こんな大きいイベントだから、もちろん翌日の夜光新聞にはこの結婚式のことが記事になっていた。だれもいない夜のヒロッパラの寂しい写真が真ん中に写っている。
『昨日河馬穴次、大口春美両氏の結婚式がヒロッパラで行われたことは、もうタカンダ町のみなさんはご存じのことと思われる。町中の者が集まり、ケーキの組み立てを手伝い、ヒロッパラの真ん中にはりっぱなケーキができたということである。
みなさんはケーキというものをご存じだっただろうか。ここタカンダ町では、だれもそれを知っている者はいなかったのである。だが、そこは物知りな犬餅斑乃信博士の知恵を借りて、豚田豚饅頭店の店主、豚田仏太郎氏が白まんじゅうのケーキを作られた。これは、豚田家に伝わる秘伝のまんじゅうである』
新聞の写真をよく見ると、端っこになにやら竹皮の包みが置いてあるのがわかる。
『仏太郎氏のいきな計らいによって、われわれ夜光新聞の記者、写真家ともに初めてまんじゅうを食すことができた。結婚パーティーの後、ケーキの置かれたという草の真ん中に、竹皮の包みが置いてあったのである。それは、当新聞社の記者、カメラマンあてのまんじゅうケーキの残りであった。ほんのり甘く、幸せな感じで、結婚式にはぴったりの味であった。ちなみに、わが夜光新聞の写真係り、モモタロウ氏はみごとサクランボの当たりを引き当てた』
じつは、まんじゅうを置いておくことを提案したのはニクエだった。が、ブッキは悪い気はしなかった。
「それにしても…、あいかわらずマヌケなやつらだ! こんなに寂しい、だれもいないヒロッパラの写真を載せてなんの意味があるんだ!」
その日の豚まんが売り切れて、明日の用意を始める前に新聞を読んだブッキは、お腹がよじれるほど笑って笑って、涙が出るほど笑い転げた。いくら笑いを押し殺そうとしても無駄だった。
きっと明日くらいからまた、長雨の季節になる。そんなぼんやりとつまらない日には、サクランボの当たりの出る白まんじゅうを店に出すのももいいかもしれない。
キタヤマにはもうあじさいも咲きそろっている。
さあ、また仕事だ。
ブッキはまた子守歌を口ずさみながら明日のまんじゅうの仕込みを始めた。
いや、まてよ…。いまやブッキにはもう一つ口ずさむ音楽があった。メロディーをふんふん、ふんふんと歌って「ひゃっほう!」。自然と手を振り、ステップを踏んで…。
ブッキは、しまった! と思う。
「ちぇっ! しょうがないなあ。こんな変なこと覚えて…。ちっとも楽しくなんかないぞ! ただ音楽が耳の中に残っていて身体が動くだけなんだ! 楽しいからやってるんじゃないぞ! ただ覚えちゃったからやってるんだ!」
ぶつぶつ文句を言いながらも、どこか自分でもわからないところから、うきうきした気分がやってくる。
ブッキは休まずに豚まんの皮をこねている。ときどき、ひゃっほうダンスのステップを踏みながら。
(おしまい)
注意;このお話しの中に出てくる豚まんじゅうは、動物界の動物に適した食べ物で、人間の食用には適していません。作ったとしても、決して食べないで下さい。
ボウボウの店から、作業を終えてきたニクエとユコもいつのまにかみんなの中に加わっていて、いっしょにまんじゅうを取ってほおばった。
「きゃ! あたしも当たりよ!」
ユコが声を上げた。
「あたしも!」
とメイコ。
おいしいまんじゅうで、みんなニコニコ笑っている。
「まったくのんきなものさ。ただまんじゅう食べて、笑って、喜んで。それだけでいいんだからな! オレも、他の動物に生まれれば良かったよ!」
と文句を言いながらも、ブッキはふっふと笑っていた。
みんながおいしそうにまんじゅうを食べているのを見ると、なぜか笑いがこみあげてくる。それは、おかしい笑いとは違って、胸がほんわかと暖かくなるような、不思議な笑いだった。
「さあ、では腹ごしらえもできたところで、みなさんでひゃっほうダンスを踊りましょう!」
ケンモチ博士がみんなに呼びかけた。
ブッキは目を白黒させた「な、なんだ、そのひゃっほうダンスってのは?」
ニクエとユコもびっくりして、ブッキに聞いた。
「ブッキ、なんなのそのなんとかダンスって…」
ブッキは答えられずに、下を向いた。
ケンモチ博士の用意したカセットコーダからなんとものんびりとした音楽が流れて、動物たちが丸く輪を作って輪の中心を向いている。
「おお。ほかから来たかたにはわかりませんな。じゃあネコヤナギ君が指導します」
コタロウは偉そうに真ん中に出ると、拡声器を使って
「はい、右足を左足の前に出して、二つ飛びます! その時こうやって右手を上げて! 外側に向かって二回ふります。はい! そしてもどって! ひゃっほう! ひゃっっほう! 次に左足の前に右足を出して二つ飛んで! 左手を上げて! 外側に二回振って!ひゃっほう! ひゃっほう! 元気よく!」
みんな、手の振りに合わせて「ひゃっほう!」というのを二回叫ぶ。それをみんなは楽しそうに簡単にやっている。どうやらそのダンスを知らないのはブタたちだけだった。
でも、ニクエとユコはみんなの中に入って、うれしそうにみんなのまねをしながら踊り始めた。
今、輪からはずれているのはブッキだけになった。
「ブッキ! ほら、恥ずかしがっていないで! ここに入りなさいよ!」
ユコがよぶ。
「こっちでもいいよ!」
メイコも呼ぶ。
だがブッキの身体は堅く固まってしまって動かない。ブッキは下を向いて
「へん! オレは片づけてくる!」
と言って、いろいろな道具をしまい始めた。
そんなブッキをユコとニクエが引っ張って輪の中に入れてしまった。ブッキは…。すごく恥ずかしかった。そんなふうにみんなと踊ったってちっとも楽しいことはない。でも、恥ずかしいのだけど、音楽に合わせるとだんだん気にならなくなってくる。
「ちぇっ! まったくのんきな動物たちさ。こんなくだらないダンスして笑ってるんだからな」
もちろん、ブッキは楽しんでなどいない。
ただ、自然に身体が動くようになってきただけだ。みんなそれぞれのやり方で、ダンスを楽しんでいる。だれもブッキの不格好なダンスのことなんか気にしていない。
「ひゃっほう!」という声がいつまでも耳の中に残って、ステップを踏んでしまう。
音楽はのんびりといつまでも流れ、流れていれば流れているだけ、動物たちは踊るのだった。
さて、こんな大きいイベントだから、もちろん翌日の夜光新聞にはこの結婚式のことが記事になっていた。だれもいない夜のヒロッパラの寂しい写真が真ん中に写っている。
『昨日河馬穴次、大口春美両氏の結婚式がヒロッパラで行われたことは、もうタカンダ町のみなさんはご存じのことと思われる。町中の者が集まり、ケーキの組み立てを手伝い、ヒロッパラの真ん中にはりっぱなケーキができたということである。
みなさんはケーキというものをご存じだっただろうか。ここタカンダ町では、だれもそれを知っている者はいなかったのである。だが、そこは物知りな犬餅斑乃信博士の知恵を借りて、豚田豚饅頭店の店主、豚田仏太郎氏が白まんじゅうのケーキを作られた。これは、豚田家に伝わる秘伝のまんじゅうである』
新聞の写真をよく見ると、端っこになにやら竹皮の包みが置いてあるのがわかる。
『仏太郎氏のいきな計らいによって、われわれ夜光新聞の記者、写真家ともに初めてまんじゅうを食すことができた。結婚パーティーの後、ケーキの置かれたという草の真ん中に、竹皮の包みが置いてあったのである。それは、当新聞社の記者、カメラマンあてのまんじゅうケーキの残りであった。ほんのり甘く、幸せな感じで、結婚式にはぴったりの味であった。ちなみに、わが夜光新聞の写真係り、モモタロウ氏はみごとサクランボの当たりを引き当てた』
じつは、まんじゅうを置いておくことを提案したのはニクエだった。が、ブッキは悪い気はしなかった。
「それにしても…、あいかわらずマヌケなやつらだ! こんなに寂しい、だれもいないヒロッパラの写真を載せてなんの意味があるんだ!」
その日の豚まんが売り切れて、明日の用意を始める前に新聞を読んだブッキは、お腹がよじれるほど笑って笑って、涙が出るほど笑い転げた。いくら笑いを押し殺そうとしても無駄だった。
きっと明日くらいからまた、長雨の季節になる。そんなぼんやりとつまらない日には、サクランボの当たりの出る白まんじゅうを店に出すのももいいかもしれない。
キタヤマにはもうあじさいも咲きそろっている。
さあ、また仕事だ。
ブッキはまた子守歌を口ずさみながら明日のまんじゅうの仕込みを始めた。
いや、まてよ…。いまやブッキにはもう一つ口ずさむ音楽があった。メロディーをふんふん、ふんふんと歌って「ひゃっほう!」。自然と手を振り、ステップを踏んで…。
ブッキは、しまった! と思う。
「ちぇっ! しょうがないなあ。こんな変なこと覚えて…。ちっとも楽しくなんかないぞ! ただ音楽が耳の中に残っていて身体が動くだけなんだ! 楽しいからやってるんじゃないぞ! ただ覚えちゃったからやってるんだ!」
ぶつぶつ文句を言いながらも、どこか自分でもわからないところから、うきうきした気分がやってくる。
ブッキは休まずに豚まんの皮をこねている。ときどき、ひゃっほうダンスのステップを踏みながら。
(おしまい)
注意;このお話しの中に出てくる豚まんじゅうは、動物界の動物に適した食べ物で、人間の食用には適していません。作ったとしても、決して食べないで下さい。
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