4.春 ① [豚田豚饅頭店]
その朝は、なんだか眠たくて、起き出したくないような気分だった。そんな日にはなぜか起こしに来る者がいる。
ドンドン! ドンドン! と裏口をたたく音でブッキは目を覚ました。
「あーあ、今日は朝からついてねえ。まだまだ眠っていたいのに、だれだこんなに朝早くから!」
ブッキはもぞもぞと起き出して、頭をはっきりさせるために顔を洗い、そのとたん「しまった!」と思いあたった。
クログロ谷の方からブタのニクエとユコが豚まん作りを習いたい、と言ってタカンダ町までやって来ていたのだ。なんでもユコが学校を卒業したので、二人で豚まんの店を出したいのだそうだ。作るだけでなく、売るのやら片づけるのやら、材料の用意やらすべて丸一日のことを勉強したいということだった。
二人はこの冬、仲良くなったメイコの家に泊まっている。メイコの家は庭が広くて、納屋もしっかりしている。しばらくはタカンダ町で生活するつもりらしい。
「あーあ、オレだけだったら、こんな日は寝坊したって良かったのに! まったく朝からうるさいブタたちさ!」
そんな文句を言うブッキだったが、実際、ブッキは寝坊なんかしたことはなかった。
このところ、この訪問者が一緒にいて、あれこれ手伝うし、とにかくよくしゃべり、質問もするもので、その対応をするのにひどく疲れている。それで今朝はぐっすりと眠りすぎて、つい忘れてしまっていた。ブッキが動物づきあいの苦手なブタということは、やはり父親似なのだろう。
裏戸を開けると、ニコニコと笑って、ピンクのつやつやの肌を輝かせて、ニクエとユコが立っていた。
「おはようございまーす!」
二人とも、朝から元気が良い。それがよけいにブッキを疲れさせる。
いつもの調子でブツブツ文句を言っていると、
「あらあら、今、なんておっしゃって? メモをしますから、最初からお願いします」
なんて言って、ブッキの小言を待っている。
ブッキの小言は、面と向かって相手に言える種類のものではないし、ましてやメモなんかに取られても、困るだけだ。だから、ブッキは口ごもってしまう。それをまじめに、じっとじっと待っている。
とうとうブッキは口を開いた。
「メモするようなことは言ってない…」
そうやって何時間か過ごすと、夜には頭が痛くなってくる。
「頭だけじゃなくて、腹も、胸も全部痛くなりそうだよ…」
ブッキは口に出さないように注意しながら、頭の中でつぶやいた。
「ブッキさんは、もう少しゆっくりしてらしてくださいな。せっかく今は労働力があるのですもの。豚まんの作り方はもう三日もやって手順はわかりましたから、今日からは販売の方もわたくしたちだけでやってみますわ」
とニクエが言い、ブッキは、ブーと鼻を鳴らした。
二人とも良く働くので、いつもの倍はまんじゅうができる。
春になってから、また白まんじゅうだけしか作らなくなったので、山のようにまんじゅうができる。
これまで、一回に十個しか売らないということにしていたが、象野家、犀玉家、河馬家、熊田家のような重量級の家族には、この期間に限り三十個まで売るということになってしまった。おせっかいなニクエが象野大介の母親、ダイコに
「あら、十個でご家族のみなさん、足りますの?」
などとよけいなことを話しかけて
「だって、ブッキが…。十個しか売ってくれないんだよ。ここに上って来た客全部にまんじゅうが足りるようにってね」
「だーいじょうぶですわ。今は三人で作っているんですもの! では、わたくしたちがお手伝いする期間だけでも三十個お分けしますわ」
ニクエのうしろで、ブッキが「よけいなことをするブタさ…」と苦い顔をしているのも知らず、とんとんと話は決まってしまった。
多く作っても売れ残るということはなく、不思議にも最後のコタロウの時には必ず二個のまんじゅうが残るのだった。
女のブタというものは、まるでにぎやかさがちがう。動物たちに次々に話しかける。
「今日はとってもお天気が良くてよろしいことね」
とニクエ。
「はい! また明日もよろしくね! ありがとうございました!」
とユコ。
「あらら、楽しくていいね! 豚まんじゅうを買ってお礼を言われたのは初めてだよ!」 ケイコばあさんは、ケケケと喜んで笑い、少し世間話などもする。
動物づきあいが悪いのは、やはりブタ全部の性質ではないようだった。
ブッキはいつもより働くことが少なくて済んだ。片づけもあっという間にできてしまう。それなのにいつもより疲れるなんて、どういうことなんだろう。やっぱり動物づきあいが、苦痛になっているのだろう、とブッキはつくづく思うのだった。
今までは静かにまんじゅうだけが減っていったのに、店先はなんだか華やいでいて、買って行く動物たちの顔もニコニコとはじけるようだ。なんだかブッキは一人取り残された気分になり、おまけにブツブツと不用意に文句も言えないので、顔がもっとぶつくさ顔になってしまう。
実際、今、ブッキがいなくなっても、何も不自由なく二人は店をやって行けるだろう。そ思うと、ブッキはますますつまらない気分になってきた。
「じゃ、オレ、今日は外に行って来る。おまえ達でやってみた方がいいもんな」
ブッキが口の中でそうつぶやくと、
「あらあ。うれしいわ」
「やってみる!」
二人のの顔が輝いた。
二人だけになれば困ることもできると思い、意地悪な気持ちもあって言ってみたのだが、すんなりと二人は受け入れ…。ブッキは引っ込みがつかなくなって、すごすごと裏口から出て行くハメになった。
ブッキが裏戸を開けて出て行く音は、店のにぎわいにかき消され、誰も気づいてさえいないようだった。
「ふん。オレが気をつかっているっていうのに。あんなに喜んで…。引きとめもしないなんて! まったくいい気なブタたちさ」
さあ、そうやってまかせてしまったのはいいのだが…。二人が勝手にどんどんやりはじめると、ブッキはなんだかすごく寂しくなった。
「オレはずっとやってきたんだ。あんな素人のブタが作ったまんじゅうは味が違うかもしれないな。そうすれば、お客は怒るだろう。そうすれば、店の大変さがわかるだろう」
裏口の誰もいないところで、ブッキはいろいろ文句を並べた。
「あーあ、豚まんを作っていないオレって! それ以外することがないっていうのに、いったいどうしろっていうんだ! ちぇっ!」
ブッキはとぼとぼとキタヤマを上って行った。泉の所にタカンダ町を見下ろせる場所があって、大きな石がある。以前、オヤジに叱られるとそっとその石の所に来て、しばらく町を眺めたものだった。でも、このところずっと忙しかったから、そんな時間はなかった。
ブッキはその石に腰掛けると、ふうっと長いため息をついた。
ブッキの温泉のあたりは朝のもやで、ぼんやりかすんでいた。空気が冷たくて、りんとひきしまる。ブッキは周囲をぐるりと見回した。
若草の明るい黄緑色の葉が木々から芽吹いている。つやつやとやわらかそうな芽だ。
タカンダ町を見下ろすと、やはり緑がやわらかく、野原なども布を敷き詰めたようになっている。きれいだった。
うぐいすが、鳴き方を練習していて、ケキョケキョケケケ…。などと繰り返している。
「なあんだ。あいつらもまだ練習中か。冬の間は静かだったもんな。でも、オレは忙しくて、鳥が鳴いていることに気づく時間だってなかったんだ!」
ケキョケキョ…。
あんまり繰り返すもので、ブッキはくっくっくと笑った。
「まったく、マヌケな鳴き声さ」
ブッキは飽きもせず、泉の水やら、あたりの草花をじっと眺めていた。ふんわりとあまい香りが強くなり、梅の花が咲いている一角がある。
「春にウメとうぐいすか…。 だれでも考えそうなこったな。でも、しょうがない!」
ブッキは立ち上がると、柔らかい木の芽、草の芽を摘み始めた。
いつものくせでブッキは白衣を着ていた。そのポケットに若葉を詰め。反対側のポケットにはウメの花のところだけを摘んで、詰め込んでみた。
さあ、ブッキのやることはできた。
「店は、のんきなブタたちがやっているんだもんな。オレは、これを試してみるさ」
ブッキがまた店に戻ろうとした、ちょうどその時、タカンダ町の方から奇妙な音が聞こえた。
べ・べ・ベッコーン!
それは、ブッキのいる場所ではさほど大きな音ではないが、はっきり聞こえる。山を駆け上って来た音なのだから、町ではもっと大きな音だろう。何かがあったのかもしれない。もしかしたら爆発かなにかだろうか。
「ひゃっほう」というような風のかすかな音が町の方から聞こえたことはあったが、今のこの音はもっと低く太く強烈なものだった。
ブッキは泉の脇の石に戻ってそこに登り、街の方を見下ろして見た。
何も見えない。
でも、またそ奇妙な音は聞こえた。
べ・べ・ベッコーン!
「な、なんだあの音は!」
ブッキはとりあえず店に戻った。ニクコもユコも忙しくて、ブッキには気がつきそうもないので、摘んだ木の芽草の芽、梅の花をテーブルの上に置くと、街の方に下りて行ってみることにした。
ドンドン! ドンドン! と裏口をたたく音でブッキは目を覚ました。
「あーあ、今日は朝からついてねえ。まだまだ眠っていたいのに、だれだこんなに朝早くから!」
ブッキはもぞもぞと起き出して、頭をはっきりさせるために顔を洗い、そのとたん「しまった!」と思いあたった。
クログロ谷の方からブタのニクエとユコが豚まん作りを習いたい、と言ってタカンダ町までやって来ていたのだ。なんでもユコが学校を卒業したので、二人で豚まんの店を出したいのだそうだ。作るだけでなく、売るのやら片づけるのやら、材料の用意やらすべて丸一日のことを勉強したいということだった。
二人はこの冬、仲良くなったメイコの家に泊まっている。メイコの家は庭が広くて、納屋もしっかりしている。しばらくはタカンダ町で生活するつもりらしい。
「あーあ、オレだけだったら、こんな日は寝坊したって良かったのに! まったく朝からうるさいブタたちさ!」
そんな文句を言うブッキだったが、実際、ブッキは寝坊なんかしたことはなかった。
このところ、この訪問者が一緒にいて、あれこれ手伝うし、とにかくよくしゃべり、質問もするもので、その対応をするのにひどく疲れている。それで今朝はぐっすりと眠りすぎて、つい忘れてしまっていた。ブッキが動物づきあいの苦手なブタということは、やはり父親似なのだろう。
裏戸を開けると、ニコニコと笑って、ピンクのつやつやの肌を輝かせて、ニクエとユコが立っていた。
「おはようございまーす!」
二人とも、朝から元気が良い。それがよけいにブッキを疲れさせる。
いつもの調子でブツブツ文句を言っていると、
「あらあら、今、なんておっしゃって? メモをしますから、最初からお願いします」
なんて言って、ブッキの小言を待っている。
ブッキの小言は、面と向かって相手に言える種類のものではないし、ましてやメモなんかに取られても、困るだけだ。だから、ブッキは口ごもってしまう。それをまじめに、じっとじっと待っている。
とうとうブッキは口を開いた。
「メモするようなことは言ってない…」
そうやって何時間か過ごすと、夜には頭が痛くなってくる。
「頭だけじゃなくて、腹も、胸も全部痛くなりそうだよ…」
ブッキは口に出さないように注意しながら、頭の中でつぶやいた。
「ブッキさんは、もう少しゆっくりしてらしてくださいな。せっかく今は労働力があるのですもの。豚まんの作り方はもう三日もやって手順はわかりましたから、今日からは販売の方もわたくしたちだけでやってみますわ」
とニクエが言い、ブッキは、ブーと鼻を鳴らした。
二人とも良く働くので、いつもの倍はまんじゅうができる。
春になってから、また白まんじゅうだけしか作らなくなったので、山のようにまんじゅうができる。
これまで、一回に十個しか売らないということにしていたが、象野家、犀玉家、河馬家、熊田家のような重量級の家族には、この期間に限り三十個まで売るということになってしまった。おせっかいなニクエが象野大介の母親、ダイコに
「あら、十個でご家族のみなさん、足りますの?」
などとよけいなことを話しかけて
「だって、ブッキが…。十個しか売ってくれないんだよ。ここに上って来た客全部にまんじゅうが足りるようにってね」
「だーいじょうぶですわ。今は三人で作っているんですもの! では、わたくしたちがお手伝いする期間だけでも三十個お分けしますわ」
ニクエのうしろで、ブッキが「よけいなことをするブタさ…」と苦い顔をしているのも知らず、とんとんと話は決まってしまった。
多く作っても売れ残るということはなく、不思議にも最後のコタロウの時には必ず二個のまんじゅうが残るのだった。
女のブタというものは、まるでにぎやかさがちがう。動物たちに次々に話しかける。
「今日はとってもお天気が良くてよろしいことね」
とニクエ。
「はい! また明日もよろしくね! ありがとうございました!」
とユコ。
「あらら、楽しくていいね! 豚まんじゅうを買ってお礼を言われたのは初めてだよ!」 ケイコばあさんは、ケケケと喜んで笑い、少し世間話などもする。
動物づきあいが悪いのは、やはりブタ全部の性質ではないようだった。
ブッキはいつもより働くことが少なくて済んだ。片づけもあっという間にできてしまう。それなのにいつもより疲れるなんて、どういうことなんだろう。やっぱり動物づきあいが、苦痛になっているのだろう、とブッキはつくづく思うのだった。
今までは静かにまんじゅうだけが減っていったのに、店先はなんだか華やいでいて、買って行く動物たちの顔もニコニコとはじけるようだ。なんだかブッキは一人取り残された気分になり、おまけにブツブツと不用意に文句も言えないので、顔がもっとぶつくさ顔になってしまう。
実際、今、ブッキがいなくなっても、何も不自由なく二人は店をやって行けるだろう。そ思うと、ブッキはますますつまらない気分になってきた。
「じゃ、オレ、今日は外に行って来る。おまえ達でやってみた方がいいもんな」
ブッキが口の中でそうつぶやくと、
「あらあ。うれしいわ」
「やってみる!」
二人のの顔が輝いた。
二人だけになれば困ることもできると思い、意地悪な気持ちもあって言ってみたのだが、すんなりと二人は受け入れ…。ブッキは引っ込みがつかなくなって、すごすごと裏口から出て行くハメになった。
ブッキが裏戸を開けて出て行く音は、店のにぎわいにかき消され、誰も気づいてさえいないようだった。
「ふん。オレが気をつかっているっていうのに。あんなに喜んで…。引きとめもしないなんて! まったくいい気なブタたちさ」
さあ、そうやってまかせてしまったのはいいのだが…。二人が勝手にどんどんやりはじめると、ブッキはなんだかすごく寂しくなった。
「オレはずっとやってきたんだ。あんな素人のブタが作ったまんじゅうは味が違うかもしれないな。そうすれば、お客は怒るだろう。そうすれば、店の大変さがわかるだろう」
裏口の誰もいないところで、ブッキはいろいろ文句を並べた。
「あーあ、豚まんを作っていないオレって! それ以外することがないっていうのに、いったいどうしろっていうんだ! ちぇっ!」
ブッキはとぼとぼとキタヤマを上って行った。泉の所にタカンダ町を見下ろせる場所があって、大きな石がある。以前、オヤジに叱られるとそっとその石の所に来て、しばらく町を眺めたものだった。でも、このところずっと忙しかったから、そんな時間はなかった。
ブッキはその石に腰掛けると、ふうっと長いため息をついた。
ブッキの温泉のあたりは朝のもやで、ぼんやりかすんでいた。空気が冷たくて、りんとひきしまる。ブッキは周囲をぐるりと見回した。
若草の明るい黄緑色の葉が木々から芽吹いている。つやつやとやわらかそうな芽だ。
タカンダ町を見下ろすと、やはり緑がやわらかく、野原なども布を敷き詰めたようになっている。きれいだった。
うぐいすが、鳴き方を練習していて、ケキョケキョケケケ…。などと繰り返している。
「なあんだ。あいつらもまだ練習中か。冬の間は静かだったもんな。でも、オレは忙しくて、鳥が鳴いていることに気づく時間だってなかったんだ!」
ケキョケキョ…。
あんまり繰り返すもので、ブッキはくっくっくと笑った。
「まったく、マヌケな鳴き声さ」
ブッキは飽きもせず、泉の水やら、あたりの草花をじっと眺めていた。ふんわりとあまい香りが強くなり、梅の花が咲いている一角がある。
「春にウメとうぐいすか…。 だれでも考えそうなこったな。でも、しょうがない!」
ブッキは立ち上がると、柔らかい木の芽、草の芽を摘み始めた。
いつものくせでブッキは白衣を着ていた。そのポケットに若葉を詰め。反対側のポケットにはウメの花のところだけを摘んで、詰め込んでみた。
さあ、ブッキのやることはできた。
「店は、のんきなブタたちがやっているんだもんな。オレは、これを試してみるさ」
ブッキがまた店に戻ろうとした、ちょうどその時、タカンダ町の方から奇妙な音が聞こえた。
べ・べ・ベッコーン!
それは、ブッキのいる場所ではさほど大きな音ではないが、はっきり聞こえる。山を駆け上って来た音なのだから、町ではもっと大きな音だろう。何かがあったのかもしれない。もしかしたら爆発かなにかだろうか。
「ひゃっほう」というような風のかすかな音が町の方から聞こえたことはあったが、今のこの音はもっと低く太く強烈なものだった。
ブッキは泉の脇の石に戻ってそこに登り、街の方を見下ろして見た。
何も見えない。
でも、またそ奇妙な音は聞こえた。
べ・べ・ベッコーン!
「な、なんだあの音は!」
ブッキはとりあえず店に戻った。ニクコもユコも忙しくて、ブッキには気がつきそうもないので、摘んだ木の芽草の芽、梅の花をテーブルの上に置くと、街の方に下りて行ってみることにした。
2014-09-08 18:03
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