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3.冬 ② [豚田豚饅頭店]


 メイコは不慣れな手つきだったが、ニクエもユコも作業が早く、どんどん同じ大きさのまんじゅうを並べていった。
 ブッキはそのぷりぷりのまんじゅうをじっと見て、考えた。なにか、まとまった考えにならないものが頭のなかにぼんやりと浮かんだ。
「百個以上できるわね。これならウサギ団地のみんなも、喜ぶわ」
「だけど…。明日からどうするのかしら、これから毎日作るのかしら。私たちは遠い町から来たのですもの。通うことはできないわね」
「うちに泊まればいいわよ!」
 とメイコ。
「え? この冬の間じゅう?」
 とユコ。
「それはできないことだわ。わたくしたちにだって、家があるし、やることもあるんですもの」
 とニクエ。
 話に入っていなかったものの、ブッキも考えていた。こんなことを毎日続けていたら、粉はどんどん減るばかりだ。今年は二回作ったからいいようなものの、それだって限界がある。毎日朝と昼とにまんじゅうを作るというのも大変なことだ。
 そうやってああだこうだ言っている間も作業は続き、次にまんじゅうをどんどこ蒸し始めた。いつものように、すごい湯気が出て行く。
「まったく…、この湯気見て、お客が来たらどうしよう…」
 ブッキはぶつくさ心配したけれど、お客が来ることはなかった。そのかわり
「おおーい! 迎えに来たぞ!」
 というコタロウの声が外から聞こえた。
 窓から外を見ると、上の方に大きな気球が見えた。
「少し下に下がるからね、縄ばしごを上がってくださーい」
 ブッキが外に出て見ると、気球の下には籐で編んだゴンドラが下がっていて、ブッキのところからはそのゴンドラの底が見えた。
「広場がないからね! 下には止められないんです! まず、まんじゅうを先に上げましょう!」
 ブッキは目を見開いた。いったい、どうやってまんじゅうだけ上げるというのか。
 コタロウは何でもないような顔をして、するするとひも付きのかごを下げた。
 ブッキの鼻先にその竹かごがぶる下がっている。
 ブッキがぼんやり立っていると、メイコ、ニクエ、ユコが手際よく次々とまんじゅうをかごの中に並べていった。
「はーい! オッケーでーす!」

こたろう (C).png

 メイコが大きな声で上のコタロウに声をかけた。
「なんだって…。オレがいいとも悪いとも言ってないのに、どんどん…」
 ただ突っ立っているブッキの背中をメイコが押した。
「さ、早く! ブッキも上がって!」
 見上げると、もうニクエもユコも気球の上に上がっているのだった。
 スルスルとブッキのために縄ばしごが下りてくる。縄ばしごにつかまると、上からコタロウが引っ張って、ゴンドラの端からみんなでブッキをゴンドラの中に引っ張り込んだ。最後にメイコが乗り込んだ。
 コタロウは慣れた手つきで火を調節して、キタヤマの木に引っかからないようにどんどん上に気球は上がって行った。
 足が地に着いていないというのは、なんと不安な感じなのだろう。ブッキはゴンドラにしがみついてそっと下を見てみた。
 タカンダ町が見える。
 雪はさほど積もってはいないけれど、全体に灰色。冬の寒い色だ。
 小さいおもちゃのような家や畑がならんでいる。家や畑の中で動く動物たちは作り物のようだった。
 ニシヤマに近づくにつれて雲が多くなり、空がどんよりしてくる。雪がだんだん降り出してくる。ここからは雪の雲の中に入ってしまう。風が強く、揺れも激しくなり、ブッキはぞっとして綱にしっかりとつかまった。
 コタロウが双眼鏡で見ながら、
「おお、ケンモチ博士が手をふっておられるぞ!」
 とどなった。
 ボーボーという炎の音が大きくて、どならないと聞こえないのだ。
「じゃあ、下りますよ! みなさん、ちゃんとつかまって!」
 コタロウは火を弱めて、うまいぐあいにニシヤマの登り口まえの広場に操縦していった。
 ニクエ、ユコ、メイコはけろりとしていて、さっさとゴンドラを下りたが、ブッキは足がガクガクしていて、うまく立っていられないような感じだった。でも、そんなようすを見せないように、ぐっと腹に力を入れた。
「いやあ、助かります! ブッキ! お疲れでしたね」
 とケンモチ博士が、ブッキの方に歩いて来た。
 蹄のあるブッキの手を、肉球のあるぷっくりした両手で包むようにして握って
「どうもどうも、ほんとうにごくろうさまでした」
 とブッキのことを抱きしめた。
 ブッキは正直びっくりした。そんなことをされたことは初めてだった。こんな近くにイヌの耳があったのでは、ぶつくさ文句も言えやしない。
「先生! 雪山を越えて大風船を飛ばさなくていいんですか?」
「雪が降っている間は危険だ。雲の中に入るとうまく操縦できなくなることがあるからな。大風船で山に行くのは危険だ。でも幸い、大雪のピークは過ぎた。ふもとではもう雪は止むでしょう」
 コタロウは、風船を飛ばしたいようで、ちょっとがっかりしていた。

バルーン (C).png


「心配ご無用。ヨダ先生が仲間と一緒に昨日からニシヤマを登って、今、トンネルが完成したのだ」
 ケンモチ博士の指さす先に雪のトンネルがあって、ぽっかりと出口が見えていた。そこからウサギがつぎつぎと飛び出てきている。
 トンネルの中は氷のように固まっていて、丸いホースのような長い長い滑り台になっていた。
「ヨダ先生はモグラの掘り進み方という研究も発表しておられる。とんがった金属の筒を作ってだね。その中に熱く熱した炭を入れる。それをぐるぐると回して、ニシヤマ団地のほうから掘り進めて来たんだ。溶けた部分からすぐに固まって堅い氷になる。まさにすごい研究だ。すべって山を下りられるんだから、いつもより早いくらいなのだ」
「ちぇっ…」
 ブッキが舌打ちすると、みんなが一斉にブッキの方を見た。だからブッキは口の中で「それじゃ、もうまんじゅうなんかいらなかったじゃないか…。苦労して忙しい思いをして作ったっていうのに」という文句を飲み込んだ。
 みんなはブッキの次の一言を待っていたが、ブッキは真っ赤になって下を向いてしまったので、なんだかおかしな感じになった。
「さあ、みなさんお集まりください」
 ケンモチ博士がまるで自分の物のように、避難してきたウサギたちにまんじゅうを配り始めた。
「さあさあ、ブッキさんも休んでください」
 ニクエがブッキにも一つまんじゅうを渡した…。
 そのまんじゅうを、ブッキはじっと見つめた。いつもとはやはり何かが違う。
 一口口にふくんでみる。
 それはいつもより少しふわっとしていて、早く溶けるような、柔らかいまんじゅうに仕上がっていた。
「ふむ。寝かせる時間を少し短くするのも悪くないな…」
 さっき、ブッキの頭の中に浮かんだはっきりしない考えはこれだった。寝かせる時間を調節することで違う口当たりのまんじゅうができるということだ。ブッキは何からでも学習する、そんなブタだった。
「おいしい!」
 というウサギたちの声が、何重にも重なって聞こえてきた。
「ありがとう!」
「うまい!」
 いろいろな言葉が耳に届くたびに、「ふん…」と鼻を鳴らしながらも、ブッキは悪い気はしなかった。
「お礼なんて腹の足しにもなりゃしない…」
 それでも何とか文句を言う。それがブッキの答え方だった。
「これを使ってください!」
 年寄りのウサギがブッキにかごいっぱいのものを差し出した。ほんのり甘酸っぱい匂いがする。
「ニシヤマの木になった実です」
 木イチゴやら、ブルーベリー、黒すぐり、サルナシなどの木の実を乾燥させてある。それがぎっしりとかごに詰まっているのだった。
「こうやってフルーツを保存しますとね、いつでも使えて便利なんです」
 年寄りウサギはにっこりと笑った。が、ブッキはニコリともせず、下を向いた。
 まんじゅうを作る時間に比べて、まんじゅうがなくなる時間のなんと早いことか。あんなに作ったのに、もうかごの中には一つのまんじゅうも残ってはいなかった。
「ありがとう!」
 ハネが真っ先にやってきて、ブッキの手を両手で握りしめた。ブッキはどんな顔をしていいかわからずに、どぎまぎした。
 ニシヤマから帰りにまたコタロウが気球を飛ばしたのだが、どうしてもというケンモチ博士の誘いで、ブッキはケンモチ博士の研究所、動物中央研究所に寄ることになった。

犬猫 (C).png

「私からはこれを差し上げよう」
 ケンモチ博士が凍ったミカンを山ほど差し出した。
「これは私の研究で育てたミカンでしてな。キタヤマだったら裏手の山が凍るでしょう。そこにミカンを放り込んでおきなさい。雪のある間はずうっと食べられます」
 と、ケンモチ博士はえへんと胸を張った。
「私の研究した木がありましてな、ミカンも一種類ではなくてな、夏みかんもレモンもネーブルもイヨカンもいくつもの種類ができる。一つの木に一緒にです。最近リンゴもつなげまして一緒になる木を作りました。このあと、カボチャ、トマト、なす、ジャガイモなどがいっぺんにできる植物も研究中です。まあごらんください」
 ブッキは頭の中で思い描いてみたが…、「別々に作っていて何が悪い?」という言葉は口には出さなかった。
 研究所のうしろに大きなガラス張りの温室があって、そこにつぎはぎのいろいろな植物が並んでいる。ケンモチ博士はこれを自慢したくてブッキを誘ったにちがいない。
「ほら、ここの継ぎ目をごらんください。まったくなめらかでしょ! ここが研究の成果です。まったく違う木なのに、それぞれの木が仲間だと思って仲良くなる。そういう発想です」
 いつもながらぶすっとしているブッキに、ケンモチ博士はうれしそうに次々と説明をするのだった。
「この温室で、いろいろな季節にミカンやらほかの果物、野菜がいつでも取れるようになればいい。小麦も研究中ですからな、そのうちいつでも取れる小麦をブッキさんに贈りますよ!」
 そんなことになれば、ますます休む暇はなくなってしまう。ブッキは下を向いて、口から出そうになる文句をじっと押しとどめていた。
「いろいろな植物が育つには土も大切でしてな、ほらこれをごらんください。ここにいろいろな場所の土を集めまして、わたしが独自の研究でブレンドしたり、耕したり、水を変えたりと、いろいろやっておるわけです」
 ブッキはじっと耐えて、ケンモチ博士の自慢話を右の耳から左の耳へと流していた。そうやって博士の話を聞いている間も、ブッキはブッキでまんじゅうの皮のことが気になってしかたがなくて、それを試してみたくてしかたがなくて、うずうずしていた。
 そこにうまいぐあいにネコのコタロウが顔を出した。
「ケンモチ博士。用意ができましたので、わたくし、ブッキさんをボウボウまで送ってまいります。あまり暗くなると危ないですし…。ニクエさん、ユコさんも送って行くのだから、どうぞブッキさんもお乗り下さい」 
 コタロウが送って行くというのに、ブッキは断った。
「でも、この荷物じゃあ、風船で運ばなければ持てないでしょう。」
 ブッキはもらったものを、全部当分に分けて、メイコ、ニクエ、ユコの手に押し込んだ。
「ふん。こんなにあってもな。持って帰れないからな」
 と文句を言い
「途中で暗くなっても歩き慣れた道だ。オレは勝手に帰る!」
 とも言ったが、例によって口の中でもごもご言う文句だったから誰の耳にも届かなかった。
「わあ! ブッキ、ありがとう」
「あらあら、ブッキさん。私どもは一緒の家ですから一人分でけっこうです!」
 ニクエがブッキの手にかごを無理矢理もう一つ押し込んだ。
 ブッキは両方の手にかごをぶら下げて
「ちぇっ! こんなにいらないのに、まったくなんでも押しつけるブタたちだ!」
 と、仏頂面で歩き出した。
「ブッキってなんて、優しいのかしら」
「それに、謙虚よ。自分に厳しいのね。キタヤマまであの荷物で上がるのは大変でしょうに…」
「だから、一つで良かったんだ!」
 そのブッキの背中に
「ブッキ! かっこいい!」
 とメイコが声をかけた。
「早く寝ないとな。試したいことだってあるし…」
 実際、ブッキは荷物の重さなんか感じていなかった。ブッキの頭の中には、次にまた試しに作ってみたいまんじゅうの手順が、次々と浮かんでくる。それは魔法のように順序よく並んでいて、次にこうして、こうしてと現れる。ブッキは頭の中でまんじゅうをこね、なんども確かめている。
 自ずと足は早足になり、疲れもまったく感じていなかった。



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