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3.冬 ① [豚田豚饅頭店]


 キタヤマの冬は寒い。
 タカンダ町にはあまり雪は積もらないけれど、キタヤマは深い雪に覆われる。
 タカンダ町からキタヤマに上るマチカネ坂は、その中間だ。キタヤマに大雪が降ればマチカネ坂の雪も深くなり、登るのが大変になる。
 今年、ブッキは大雪になる前に、冬用の小麦を育てて収穫した。今までは春の麦しか育てたことがなかった。一年で二回も麦を育てたのは初めてのことだった。

小麦 (C).png

「せっかくゆっくりできる時だっていうのに…。オヤジがいた頃よりもまんじゅうをたくさん作って、自分で忙しくしてるなんて。まったくオレはマヌケなブタさ」
 じっさい、オヤジと一緒に仕事していた時には労働力が二倍あったというのにどうしたことだろう。
「今年は、よけいなことしたからな。ちっともいいことがない!」
 麦の収穫が終わってからは、晴れている間にせっせと麦を干して、そのあとは毎日石のうすで粉を挽き、その間にだんだん冬は深まり、寒さも厳しくなってきていた。もちろん、まんじゅうはまんじゅうで毎日作って店を開ける。まったく一日としてゆっくり休む日などなかったのだ。
 冬の盛りには大雪になることもある。豚田豚饅頭店の裏までは店の屋根の高さまで雪が積もる。不思議なことに、まるでこの店を境界線にしているように、店の窓側はうまい具合に売り窓の高さくらいにしか雪は積もらない。だから、店は開けられる。オヤジは冬でも豚まん作りを休んだことはなかった。
 キタヤマの上の方は雪が深くなり、上れなくなる。だから泉まで上って行けなくなる。オヤジは冬の間は積もっている雪解けの水を使っていた。
 冷たい思いをしてマチカネ坂を上って、店にやっとたどり着いて、ほかほかの豚まんじゅうを胸にかかえると、暖かくてうれしくなる。そこから家までいい匂いの豚まんを抱えて、スキップしたくなる。だから、坂を上がるのが大変になっても、みんなまんじゅうを買いに来るのだ。
 タカンダ町を取り囲んでいるほかの山、ニシヤマ、ヒガシヤマも雪が深くなる。その冷たい山に囲まれているのだから、タカンダ町も冷たく厳しい冬となる。
 そんな朝に『大変! ニシヤマが雪に埋もれる!』という見出しの夜光新聞が届いた。
 いつもだったら新聞に目もくれないブッキだが、新聞の一面全部がすごい大きい字でこの見出しだけだったので、いやでも目についた。だが、新聞に書かれた文字はそれだけである。よほど急いでこの一枚の新聞を作ったのだろう。
 ニシヤマの向こう、ミミカタ町にはウサギたちの住むニシヤマ団地がある。
 ブッキは行ったことがなかいけれど、それはタカンダ町からニシヤマに上って山の中腹を反対側に下った方だと聞いている。ニシヤマの向こうには、オオ川という深く大きな川がある。その川の先にミミカタ町の中心地があって、ニシヤマ団地からはそちらの方が近いのだけれど、川をわたらなければならない。ウサギたちは川を渡るのが嫌いだそうで、だから、ニシヤマ団地のウサギたちは、タカンダ町の方の学校や店に来ているのだという。
 いつものように店を開けると、お客の間でもニシヤマ団地の噂話が飛び交っていた。
「ハネちゃん、どうしてるだろう」
 サカエじいさんに代わって買い物に来たヤギのメイコが心配そうに言った。


はね(C).png


「ほかのやつの心配なんかしてらんねえな…。何たってオレはまんじゅう作りをやめるわけにはいかねえんだからな。っていうことは、休むヒマはないってことで、じっさい休んでなんかいないってことで、ということは、ほかのやつの心配なんかしてる時間もない、ってことになるんだ」
 ブッキはぶつくさと朝からそんな文句を言っていた。
 今日の最後の客は牛野権蔵オヤジだった。ゴンゾウオヤジは八個のまんじゅうを買い、せいろの中にはいつものように猫柳小太郎の分の二個のまんじゅうが残った。
 いつも来る客はだいたい同じ顔ぶれだが、毎日毎日、まったく同じというわけにはいかない。もちろん買っていくまんじゅうの数だって違う。なのに、なぜか最後のコタロウには二つのまんじゅうが残るのだ。なぜそんなにぴったり売り切れるのかわからない。でも毎日そうやってぴったりの数が売れていく。
 ゴンゾウオヤジののっそりした大きな身体の後ろからコタロウが顔を出すと思っていたのだが…。今朝は、コタロウの姿は見えなかった。
「ちぇっ! うちのまんじゅうが売れ残るなんて、初めてのことだ! ついてねえ!」
 ブッキはぶつくさいいながら、店じまいを始めた。
 と、そこにハアハア息を切らして、コタロウが走って来た。
「ブッキさん! ブッキさん!」
 ブッキは顔色を変えずに、店の中にまんじゅうを取りに入ろうとした。すると、
「あ、いえ、今日は頼みごとがあって、やって来ました!」
 といい、コタロウのうしろから、メイコも一緒に来ていた。そして、見知らぬブタが二人、メイコのさらにうしろに続いて坂を走って登って来るのだった。


親子豚 (C).png

「ウサギ団地に、大風船を飛ばします!」
 と、コタロウは言った。
 いったい何のことだ? ブッキはぽかんと口をあけた。
「ニシヤマが雪の中なんです!」
 それは見出しだけの新聞で読んだのだが…。それと風船と…。
「なんだって、それがオレに関係あるんだ!」
 ブッキは、背を向けながら、店に入ろうとした。
「ここに、手伝いの動物を連れて来ましたので、これから至急、まんじゅうを百個ほど蒸かしていただきたいのです!」
 ブッキは目を白黒させた。
「とにかく、今、ケンモチ博士が大風船を用意しておりますんで、後でわたくしが研究所からお迎えにまいります!」
 コタロウはここまで言うと、
「こちらはメイコさん。それはご存じですな。それと、やはりぶたまん作りにはブタがいいだろうということで、きのう、ニシヤマが大雪になりそうなので、ケンモチ博士が、ブタお二方に連絡を取ったのです」
「丸野二久江と申します」
 とあいさつしたのは、少し年配のブタ。
「丸野油子です」
 と、若いブタ。そっくりなブタたちだった。
「こちらのブタお二人は手が器用だということで、ケンモチ博士のお墨付きです。先生は、天気の研究でも博士号をとっておられまして、もちろん、大雪になることを予想していらしたのです! すばらしい方です! だからもう、昨日のうちからいろいろ考えておられました。このお二方も、大風船に乗ってやって来られました。わたしが試運転がてらお迎えに行きました…。さすがの先生です。なにからなにまで無駄というものがありません」
 コタロウの言っていることは、ブッキにはさっぱりわからなかった。
「だからオレには…。関係ないって…」
 ブッキは面と向かっては、はっきり物も言えない、そんなブタだ。だから、口の中でぶつくさ文句は言っていても、だれもブッキに文句があるとは気が付かないのだった。
「では、よろしく!」
 コタロウだけがあわてて、雪の中をかけて帰って行こうとしながら…。
「そうそう、今日わたしが買うはずのおまんじゅうですが、そちらのブタお二方にお分けください。味を知っている方が、上手に作れるだろうというのは、これまたケンモチ博士のお考えでーす!」
 コタロウはまんじゅうが残っているとわかっていたのか! ブッキはなんだかむしゃくしゃした。
 さてどうしたらいいものだろう。ブッキは良いとも悪いとも答えた覚えはない。だいたい、材料から何から全部ブッキが用意して、ウサギたちのために作ってやらなければならないのだろうか。なんともおもしろくない気分だった。
 ブッキがぶすっと突っ立っていると、メイコが
「じゃあ、始めよう! ね、ブッキ」
 と、気安く言った。
「なんだって、オレがそんなことしなくちゃならないんだ…。オレはここにただ立ってコタロウの言うことを聞いていただけだ。断ろうにも、もうコタロウはかけて行ってしまったし…。それでなくても毎日毎日、時間が足りないくらい忙しいっていうのに…」
 ブッキがブツブツ口の中でつぶやくと、メイコが
「え? なに? はっきり言ってくれなくちゃわからないよ!」
 とブッキの目をのぞき込んだ。
 そのメイコの目は、瞳孔が横に平べったくなっていて、なんとも不思議な表情だった。
「あのなあ…」
 と、その目を見ながら、はっきり言おうとしたブッキだったが、あまりにもじっとじっとブッキの目をのぞき込むメイコに、ブッキは言葉をつなげなかった。だいたい、いつだってそうだ。だれかの目をまっすぐのぞき込んで文句なんか、言えやしない! メイコのような不思議な瞳ならなおさらだ。
「ちぇっ」とブッキは舌打ちすると、家の中に入って、黙って作業を開始した。
 入っていいとも言っていないのに、メイコもニクエもユコもブッキの後に着いて入って来て、
「あ、これね、このおまんじゅうを食べてもらえばいいのね!」
 コタロウ分として竹皮の包みの上にちょこんとのっていた白まんじゅうをメイコがさっさと二人に分けた。
「はい。まだほんのり温かいわ! おいしいわよ!」
 ブタのニクエとユコはほくほくとまんじゅうをほおばった。
「ほんとおいしい!」
「ふかふかでモクモクして、ほんわか甘い味がするのね。まえ新聞に書いてあったとおりだわ」
「ふん! 食べていいとも言った覚えはないのに、なんでも勝手なことをする。そんなヤギとブタたちさ」
 ブッキは文句を言いながらも、粉の袋を下ろして、作業台の上にボールなどを並べ始めた。
「ちぇっ! やっと片づけたと思ったのに…」
 メイコはブッキの隣に立って、ブッキをまねて、粉をこね始めた。
「ごちそうさま! うわさには聞いていたけれど、ほんとうにおいしい豚まんでしたわ! 歯ごたえも絶妙ですのね」
 ニクエがにこにこと言ったのに、ブッキはぶすっとそっぽを向いた。
「あのね、ブッキはおしゃべりじゃないブタなの。ブタが全部そうというわけではないでしょうけど…。返事がなくても気にしないでね」
 メイコが説明すると、ニクエもユコもくすくすと笑った。
 ブッキはなんだか自分が笑われているようで、ますます不快になってきた。
 ニクエもユコも割烹着を持って来ており、それを着込むとさっそくブッキのまねをして粉をこねた。さすがに四人でやる作業は早かった。
「さ、その後は?」
 メイコは平らの瞳孔で、またじっとブッキの顔を見た。
「次はこの生地を発酵させるんだ」
 またブツブツ言ったのをニクエが耳にした。
「そのあとの作業のことを考えると。時間は少し短くしたほうがいいわ。待っている間にかたづけを先にしませんこと?」
 ブッキがうんともすんとも言わないのに、どんどん働く。
「これはどこにしまうの?」
「これはどうやって、洗うんですこと?」
「残った粉は、どうするの?」
 みんな次々と質問をした。ブッキは口ごもりながらあごで方向を示し、うなずいたり、首を振ったりしてそれに対応した。
 片づけもあっという間に終わった。その後、みんなちょっと疲れて、厨房のいすに座って、ぼんやりした。
「おばさんたちは、クログロ谷の向こうから来たということでしたけど、遠くて大変だったでしょ?」
「ケンモチ博士からハト便のお知らせをいただいて、すっかり用意していましたの。タカンダ町にはブタはいないんですってね」
 ニクエは、そこまで言って、しまった! という顔をした。
「もちろん、ブッキさん以外には、ってことですけれど…」
「あの大風船はすごかったわ。ケンモチ博士が火をボーボー燃やしているの。雪なんか降っていても、じゅっと音を立てて、溶けてしまうのよ!」
 ユコがうれしそうに言って、なぜかみんなでブッキの反応を待っていた。
 ブッキは、もちろん面と向かって言い返すようなことは何もない。だから「なにがなんだか…」と口の中でつぶやいて、下を向いていた。
「ケンモチ博士は、なんでそんな遠い所のことまで知っているのかしら」
「わたしたちの町はシオシオ町というのですけれど、そこにケンモチ博士とお知り合いだったという、余田麗助先生という、りっぱなイヌの先生がいらっしゃるの。もちろんケンモチ博士のように博士よ! 二人は専門の学校で同級生だったらしいわ。大風船も先生との共同研究なんですって」
「へえー。りっぱというのは、見ただけでわかるんですか?」
「そりゃあわかりますとも。白いふさふさのピレネー種で、雪にもめっぽうお強いそうですよ。体格なんてそりゃ、ケンモチ博士はビーグル種でいらっしゃるから、ヨダ先生の方が倍くらいはがっちり大きくていらっしゃるわよ」
 ブッキには何の話なのか、さっぱりわからなかったが、どうやらメイコもさっぱりわかっていない様子だった。
「あら、そうですの。オホホホホ」
 という、いつもと違うやけにていねいな言葉使いで、あいまいに笑っていた。
「センモンの学校って何をやるのかしら…」
「そりゃあいろいろなものを専門にやるんですよ。もちろん」
 これは、ニクエにもよくわかっていないのかもしれない。
「ヨダ先生なんて、もうニシヤマ団地に先にかけつけているっていうことらしいわ。大雪の中をよ! すごいでしょ! あたしなんてね、ヨダ先生に理科を習ったのよ!」
 ユコが得意げに話に割り込んだ。
「あら? そうなの? センモンの?」
 この返事で、メイコはやっぱりわかっていないようだ、とブッキは確信した。
「ところでブッキ、もう生地は大丈夫かしら?」
 話にたいくつしたようで、メイコが聞いてきた。ブッキはぶすっと立ち上がって、ぬれ布巾から生地を出して、指で押してみた。
「ふむ。いつもよりは少し弾力が足りないかもしんねえな。でも、ま、しかたないだろう。早く蒸さないと今日のうちに持って行けなくなるもんな」
 そこで、またみんなで作業を開始した。




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