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ぶぶらばー王子 ① [ぶぶらばー王子]

タイトル (C).png

 五月。
 美久のたんじょう日が近づいてくると、もっと緑がきれいになる。
 うすい緑から、深い緑まで、緑のたくさんの色がすっかりそろうし、風にあたるのが好きになる。
 そんな休みの日に、弟の一平と公園に行くのは楽しい。
「ねえ、あたし、もう、一平を公園にひとりでつれて行けるよ」
 だって、美久は今年小学生になったのだから、それくらいできると思う。
 でも、ママは、
「だめだめ、まだまだ、むりむり」
 と、エプロンで手をふきながら、キッチンから出てきて、
「今、ここ、きれいにしたら、すぐにいっしょに行こう!」
 と言う。この「すぐに」がくせものだ。
(あーあ、おとなって、なんていいかげんなんだろ)
 と、美久はうんざりする。美久にとっては長い長い待ち時間。
 石のかたまりみたいに重たい一平を、やっとベビーカーに乗せたというのに…。
 一平だって、もうあきあきしていて、
「ぶぶぶぶー、ぶぶー」
 と、不満の声を上げている。
「はいはい、行こうね」
 やっと、ママのしたくが終わって、美久はぶすっとしながら、いっしょに歩き出した。
 美久がおこっているの、わかっていないみたい。
 ママは、ふんふんはな歌なんか歌っている。
 ママは、美久のこと、こども、こどもと言うけれど、ママより、美久のほうがよっぽどしっかりしている…、と美久はいつも思っていた。

一平ベビーカー(C).png


 土曜の昼前、公園にはいくつか、ベビーカーがならんでいた。ママは、一平をどかんと、原っぱに座らせて、じぶんは、ママ仲間とおしゃべりをはじめた。
 一平はおすわりすることができるようになったばかりで、しばふとクローバーがいい感じに緑になっている草の上におろしてもらって、ごきげんになる。
 手にはこの間砂場で使ってから洗ってもいない、赤いシャベル持っている。
「ねえねえ、砂ってとってもきたないんですって。そうそう、病気がいっぱいですってよー」
 ほかのグループのママがたが、話しているのが耳に入ってきて、美久はドキドキした。そっちのグループは、赤ちゃんをだっこして、いっしょにブランコにゆれている。
 ああ! 一平は、今、まさに砂のついたシャベルを口に持っていって、なめるところ!
「だめ! 一平! きたいない!」
 美久は、一平からシャベルを取り上げた。
一平は火がついたように、泣き出した。
「あららら」
 と、ママが、一平をだっこした。
「やーね、美久。一平はまだ小さいんだから、そんなふうに言ってもわからないよ」
 まるで美久が悪いことしたみたいな言いかた。美久はまたぷーっとふくれた。

美久 (C).png 


 ママはいつだって、ほかのママとのおしゃべりに夢中で、一平のことなんか見ていないくせに。
 今だって、一平をだっこしたまま、またおしゃべりがはじまった。
「あらー! うっそー!」
 そして、ははははと、のんきに笑っている。 
公園のさくにつながれた、どこかの家の犬が一平を見て、舌なめずりしているっていうのに。
 この犬は、いつも一平のことを、見て、口をハフハフすると、くさりをいっぱいに引っ張って立ちあがり、キューンと悲しそうな声を出す。
 犬は一平のことを、おいしい肉のかたまりだと思っているにちがいなかった。まるまると、やわらかそうな一平…。まるでできたてのハムみたい。今だって、犬はよだれをたらして、ハアハア息をしながら、一平のことをうらめしそうに見ている。
「ああ、腹がへった。そのうまそうな肉、食わしてくれ!」

ワンコ (C).png

 美久は犬の言葉が聞こえるようだった。
 公園の帰り道、ママは、ふんふんと、また歌なんか歌って、その犬の横を通りぬけた。
 犬はくさりを引っ張って、立ち上がって、一平のうしろについて来たいようだった。
「ねえ、ママ。あの犬、いつも一平のことじっと見て、食べたいなーって思ってるのよ」
 ママは、けらけら笑って、
「美久はおもしろいことを言うね。でもだいじょうぶ。くさりにつながっているでしょ」
「じゃあ、くさりが切れたら?」
「だいじょうぶ。一平なんか、大きすぎて食べられやしないわ。それに犬はただ遊びたいだけなの」
(この世の中、危険がいっぱいなのに、なんてのんきなんだろう)
 美久は、くやしくて、ママの横顔をじいっとながめた。いつもいつも、一平はあぶない目にあっているのに…、ふしぎなことに、その危険はいつも美久と一平が二人きりのときにおこって、あとでママに話してもとりあってもらえない。
「美久は話がじょうずね」
 なんて、まるで美久が作り話をしているか、うそをついているような口ぶりなのだ。
 いつか、たいへんなことになる。と、美久は思っていた。
 そして、そのたいへんなことは、その日の夕方におこった。




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